京都大学法科大学院平成30年度入試 刑法 再現答案

A君 65点

第1問

第1 甲について

1 甲がAの左側胸部を包丁で強く突き刺した行為に殺人罪(刑法199条)が成立しないか。

(1)まず、Aの左側胸部という身体の枢要部を刃体の長さ14cmの包丁という鋭利な刃物で突き刺した行為は人の生命侵害の危険を惹起する行為であり同罪の実行行為があるといえる。そして、Aは死亡しており、かかる行為との因果関係も認められる。

(2)次に、甲は上記事実について認識・認容していることから故意(38条1項)も認められる。

(3)以上により、殺人罪の構成要件を満たす。

(4)もっとも、甲はAがハンマーで殴りかかった後にかかる攻撃を防ぎながら、上記行為に及んでいるので正当防衛(36条1項)が成立し、違法性阻却されないか。

ア、まず、「急迫」性が認められるか。甲がAによる襲撃の可能性が高いことを認識していたことから問題になる。

(ア)そもそも、急迫性とは法益侵害の危険が切迫していることをいうところ、その判断が語義どおりか客観的に行う。そこで、単に侵害を予期したに過ぎない場合は急迫性は否定されない。

(イ)これを本件についていると、確かに甲は以前からAからの度重なる嫌がらせを受けていたことから、今回も出て行けば襲撃を受ける可能性が高いことを認識している。そうだとすると、甲は単に侵害を予期したに過ぎないとして急迫性は否定されないとも思える。

 しかし、かかる事情を認識した上で、「これで〜やないか。」と殺意を抱き武器である包丁を持って自らの足でAのもとに出向いており、Aの襲撃の機会を利用して積極的な加害意思を持って侵害行為に及んでいるといえる。

 したがって、単に侵害を予期したに過ぎないとはいえず急迫性は否定される。

イ、以上により、正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。

(5)そうだとしても、甲は侵害時、飲酒していた影響及びAの攻撃を受けた興奮とが相まって限定責任能力状態に陥っている。かかる状態は精神の障害により事理弁識能力が著しく低下または行動制御能力が著しく低下していると言え、心神耗弱であるといえる。心神耗弱者の行為は責任が減少し、必要的に減刑される(39条2項)のが原則である。

 しかし、自ら限定責任能力の状態を招いた行為者について、責任が阻却され必要的に減刑されるのは国民の法感情に反する。

 そこで、自ら限定責任能力の状態を招いた行為者に完全な責任を問うことができるとするいわゆる原因において自由な行為の理論を適用して同項の適用を排除できないか。

ア そもそも、責任非難は違法な行為をする最終的な意思決定、すなわち、原因時における意思決定に向けられる。

 そこで、実行行為たる結果行為がかかる意思決定の実現過程といえる場合には同理論を適用できると解するべきである。

 そして、かかる場合にあたるといえるためには、➀原因行為と結果行為及び結果に因果関係があること、②原因行為と結果行為の時間的・場所的接着性が認められることを要すると解するべきである。

イ これを本件についてみると、飲酒した状態で、Aのもとに向えば、Aの攻撃を受けた興奮と相まって殺害行為を行い、かかる行為によりAが死亡してしまうことは決して異常なことではないので原因行為と結果行為及び結果に因果関係がある(①充足)。

 さらに飲酒行為と殺害行為は時間的にも場所的にも接着しているといえる(②充足)。

ウ したがって、39条2項は適用されず、責任は減少しない。

(6)よって、上記行為に殺人罪が成立する。

2 さらに甲が乙の頭付近に回し蹴りをして意識を失わせた行為について、乙の生理的機能に対する障害といえ、傷害罪(204条)が成立する。

第2 乙について

1 甲がAの左側胸部を包丁で強く突き刺した行為について、当初甲との間でAへの攻撃を共謀していた乙にもかかる行為が帰責し、殺人罪の共謀共同正犯(60条、199条)が成立しないか。

(1)そもそも、共同正犯について定めた60条が一部実行全部責任の原則を定めたのは、行為者が相互に利用補充し合い特定の犯罪を実現した点にある。

 そこで、①共謀、②共謀に基づく実行行為、③正犯意思が認められると実行行為を行っていない者であっても実行行為者の行為が帰責すると解するべきである。

(2)これを本件についてみると、乙は甲とともにAに対して攻撃するという共謀を行っている(①充足)。

 そして、かかる共謀の内容はAへの傷害であるが、反撃を受け興奮状態に陥り、殺意を抱いて、殺害行為を行ってしまうこともあり得ることから、Aの左側胸部を包丁で強く突き刺したという殺害行為は当初の共謀の心理的因果性が及んでいるといえる。したがって、共謀に基づいているといえる(②充足)。

 さらに、乙はAへの攻撃について、甲と同等の立場であるため正犯意思も認められる(③充足)。

(3)したがって、甲が行った行為が乙にも帰責されるとも思える。

2 もっとも、乙は甲と合流した際、甲が殺意を有していることに気づき、「お前…もらうで。」と申し向け、甲から攻撃を受け、意識を失っている。

 そこで、共犯からの離脱が認められ、甲の行為が帰責されないのではないか。

ア この点、上記一部実行全部責任の根拠から、相互利用補充関係が解消された場合に共犯からの離脱が認められると解するべきである。

イ これを本件についてみると、確かに甲は乙が同行して加勢してくれることにより気持ちが大きくなり殺意を抱いている。しかし、乙の申し出に対し「口答えするな。」と一蹴して、乙に攻撃して意識を失わせていることから乙がAへの攻撃に際して手を引くことに対して了承しているといえる。

 したがって、心理的因果性は除去されているといえる。

ウ よって、相互利用補充関係が解消されており、甲の行為は帰責されない。

3 したがって、乙について殺人罪の共謀共同正犯は成立しない。

第3 罪責

甲の行為にはAへの殺人罪と乙への傷害罪が成立し、併合罪(45条)となる。

乙の行為には何らの罪も成立せず、何らの罪責も負わない。

 

第2問

1 甲がAの営む氷屋に立ち入った行為について、建造物侵入罪(130条後段)が成立しないか。

(1)まず、氷屋の店舗は「建造物」にあたり、普段はAが店におり、またAが配達の為店舗にいない時には取引先の飲食店の者が中を覗くことがあったことから「人」の「看守」するといえる。

(2)次に、甲の立ち入りは管理者の意思に反する立ち入りといえ、「侵入」にあたる。

(3)したがって、上記行為に建造物侵入罪が成立する。

2 次に、現金8万円をAの事務所の机から自らの上着の内ポケットに入れた行為に窃盗罪(235条)が成立するか。

(1)まず、Aの事務所の机に入っていた現金8万円はAという「他人」が占有する他人の所有物たる「財物」といえる。

(2)次に、かかる財物をAの事務所の机から甲の占有下たる上着の内ポケットに入れた行為は、占有者たるAの意思に反して、自己の占有に移した行為といえ「窃取」といえる。

(3)したがって、上記行為に窃盗罪が成立する。

3 そして、Aの腹部を蹴飛ばした行為に事後強盗罪(238条)が成立しないか。

(1)まず、前述のとおり、甲の現金8万円を上着の内ポケットに入れた行為に窃盗罪が成立することから、甲は「窃盗」という身分を有しているといえる。

(2)次に、甲は警察に連行するためAとともに交番に向かっていた際に、上記蹴り飛ばす行為に及んでいることから、「逮捕を免れ」る「ため」といえる。

(3)そして、蹴り飛ばす行為は同条の「暴行」にあたるか。

ア、まず、一般的に腹という身体の枢要部を蹴り飛ばすと、蹴り飛ばされた者は反抗が抑圧されるものである。

 したがって、上記暴行は反抗抑圧程度の暴行であるといえる。

イ、次に、上記暴行は窃盗の被害者であるAに向けられている。

ウ、もっとも、上記暴行は窃盗が行われたとされる場所から150m離れた場所で、さらに窃盗がなされたとされる時点から少なくとも10分後に、Aとともに交番に向かっている途中に行われている。

 そこで、上記暴行が窃盗の機会に行われたといえないのではないか。

(ア)この点、事後強盗罪は財物を取り返すため、逮捕を免れるため、罪跡を隠滅するために暴行・脅迫することで成立する犯罪であるため、窃盗の機会に行われる必要がある。

 そして、窃盗の機会といえるためには窃盗行為との場所的・時間的近接性、被害者の追跡の有無等を考慮し、支配領域から脱し、いわば安全圏に入ったか否かで判断する。

(イ)これを本件についていると、確かに、上記暴行は窃盗が行われた場所から150m離れた場所で、さらに窃盗がなされたとされる時点から少なくとも10分後に行われていることから窃盗行為と時間的・場所的に近接しているとはいえない。しかし、窃盗行為が行われてからの10分間はAが甲を店舗に閉じ込めている時間であるし、また、上記暴行はAとともに交番に向かっている途中に行われていることから、いまだAの支配領域下にあり、安全圏に入ったとはいえない。

(ウ)したがって、上記暴行は窃盗の機会に行われたといえる。

エ、以上により、上記暴行は「暴行」にあたる。

(4)よって、上記行為に事後強盗罪が成立する。

4 また、甲がAから逃れるために疾走する際に通行中のBと正面衝突し、全治1週間の打撲傷を負わせた行為に強盗致傷罪(240条)が成立しないか。

(1)まず、Aに対する「強盗」といえるか。事後強盗罪の成否を検討する。

ア、まず、前述のとおり、甲は「窃盗」を犯した者である。

イ、次に、上記暴行はAの反抗を抑圧する程度の暴行であるといえる。しかし、かかる暴行の相手方であるAは窃盗の被害者ではない。同罪が事後強盗罪は財物を取り返すため、逮捕を免れるため、罪跡を隠滅するために暴行・脅迫することで成立する犯罪である点に鑑みると、「暴行」の相手方になりうるのは窃盗の被害者もしくは警察等の上記目的達成に障害となる者に限られる。したがって、Aへの暴行は「暴行」にあたらない。

ウ、したがって、事後強盗罪は成立せず、「強盗」といえない。

(2)以上により、上記行為に強盗致傷罪は成立しない。

5 罪責

甲の行為には①建造物侵入罪②窃盗罪③事後強盗罪が成立する。

②は③に吸収され、①と③は目的・手段の関係になっているので、牽連犯(54条1項後段)となる。

 

B君 60点

第1問
第1、甲の罪責について
1、甲がAの左側胸部を包丁で強く突き刺し、Aを死亡させた行為に、殺人罪(199条)が成立するか。
(1)刃体の長さ14cmの包丁という殺傷能力の高い凶器で、心臓がある人の胸部を突き刺すという行為は、人を死に至らしめる現実的危険性があるといえ、殺人罪の実行行為に当たる。
 そして、上記行為によってAは死亡しており、XはAに対する殺意も有していたことから上記行為に対する認識・認容があるといえ、殺人罪の故意(38条1項)も認められる。
 以上より、甲の上記行為は殺人罪の構成要件を満たす。
(2)もっとも、甲はAがハンマーで殴りかかってきたことに対する防衛行為として上記行為に及んでいるため、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
 ア、「急迫」とは法益侵害の危険が切迫していることをいう。甲は、Aからの侵害を予期して自らAの下に出向いているが、かかる場合にも急迫性が認められるか。
(ア)この点、急迫性が認められるかどうかは、種々の事情を総合考慮して判断すべきであると考える。
(イ)これを本件についてみると、甲はAから襲撃を受ける可能性が高いことを認識しつつ、自らAのいる自宅マンション前の空き地に出向いて行っている。また、甲はAに対して殺意を抱いており、威嚇的行動を事前に取ることなくAに近づいて行っていることから、積極的加害意思があったといえる。
(ウ)以上の事情からすると、甲に急迫性は認められない。
イ、したがって正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。
(3)したがって、甲の上記行為について、Aに対する殺人罪が成立する。
(4)そうだとしても、甲が上記行為を行った際、甲は限定責任能力状態に陥っている。そこで、39条2項の適用があり、刑が必要的に減軽されるのが原則である。
 しかし、甲が限定責任能力状態に陥った一つの原因に、甲自らが飲酒していたことがある。かかる場合にも39条2項の適用があり、刑が必要的に減軽されるとなると、国民の法感情に著しく反する。そこで、いわゆる原因において自由な行為の理論により、39条2項の適用を排除することができないか。
ア、責任非難は違法な行為をする最終的な意思決定、すなわち原因行為時における維持決定に向けられる。そこで、実行行為たる結果行為がかかる意思決定の実現過程といえる場合、具体的には①原因行為と結果行為、結果行為と結果との間に因果関係があり、②原因行為から結果行為にかけて故意が連続している場合には、原因において自由な行為の理論を適用できると解する。
イ、これを本件についてみると、甲の飲酒という原因行為があったために甲の上記行為という結果行為があったといえ、また結果行為によって結果が発生している、そのため、原因行為と結果行為、結果行為と結果との間に因果関係が認められる(①)。
 そして、原因行為から結果行為にかけて行為が連続しているといえる(②)。
ウ、以上より、原因行為において自由な行為の適用が肯定され、39条2項の適用が排除される。
(5)したがって、甲の上記行為に殺人罪が成立し、刑の必要的減軽はなされない。
2、甲が乙の頭付近に回し蹴りを食らわせ、乙を失神させた行為につき、甲に傷害罪(204条)が成立するか。
(1)甲の上記行為は生理的機能の障害を引き起こす現実的危険性を有する行為であり、傷害罪の実行行為に当たる。そして上記行為により、乙に失神という生理的機能の障害を発生させている。
(2)また、甲は上記行為に対する認識・認容があるといえ、傷害罪の故意も認められる。
(3)したがって、甲の上記行為につき、乙に対する傷害罪が成立する。
3、以上より、甲の各行為につき、①Aに対する殺人罪、②乙に対する傷害罪が成立し、それぞれは別個の行為であるため併合罪(45条前段)となり、甲はかかる罪責負う。
第2、乙の罪責について
1、甲がAを殺害した行為につき、乙に殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立するか。
(1)共同正犯において一部実行全部責任の原則が認められる根拠は、相互利用補充関係に求められる。そこで、①共謀があり、②共謀に基づく一部の者の実行行為がある場合には、共同正犯が成立すると考える。
(2)これを本件についてみると、乙は甲からAに対して正当防衛の範囲で反撃するように依頼され、乙はそれに承諾していることから、共謀が認められる(①)。
 そして、甲はその上記共謀に基づき、前述した殺人罪の実行行為を行っている(②)。
(3)もっとも、乙は、甲がAに対する殺人罪の実行行為を行う前に、甲からの回し蹴りを食らい、意識を失っている。そこで、乙に共謀からの離脱が認められ、甲の行為は乙に帰責されないのではないか。
ア、この点について、共同正犯の根拠は相互利用補充関係にある。そこで、相互利用補充関係が解消されたといえる場合には、共謀からの離脱が認められると考える。
イ、これを本件についてみると、甲は乙に対して自ら回し蹴りを食らわせ、乙を失神させている。そして、乙が失神しているまま、Aに対して殺人罪の実行行為に及んでいる。これは、乙の助けがなくても甲自らの力のみで実行行為を行うという意思表示であると考えられるため、その時点で乙の精神的影響力は無くなっていたといえる。
 また、乙は甲に対して凶器の提供などを行っておらず、物理的影響力はもともと無かったといえる。
ウ、以上より、相互利用補充関係は解消されていたといえるため、乙に共謀からの離脱が認められる。
(4)したがって、甲の上記行為は乙に帰責されず、乙は何らの罪責を負わない。

 

第2問
1、甲がAの事務室に入った行為につき、甲に建造物侵入罪(130条前段)が成立するか。
(1)甲の事務室は甲の「看守する」「建造物」に当たる。そして、「侵入」とは管理権者の意思に反する立ち入りをいうと解するところ、Aの事務室に取引先の飲食店の者が訪れて奥の事務室をのぞくことがあったとはいっても、Aがいるかいないかの確認のために事務室に立ち入ることのみをAは許容していたものと考えるべきであり、Aは窃盗目的での事務室への立ち入りを許容していたと考えることはできない。甲は窃盗目的でAの事務室へ立ち入っているため、管理権者たるAの意思に反する立ち入りといえ、「侵入」に当たる。
(2)また、甲は上記行為に対する認識・認容があるといえ、住居侵入罪の故意(38条1項)が認められる。
(3)以上より、甲の上記行為に住居侵入罪が成立する。
2、甲がAの事務室の机から現金8万円を盗んだ行為につき、甲に窃盗罪(235条)が成立するか。
(1)8万円はAの事務室の机にあったものであることから、Aの占有していたものでえあるといえ、「他人の財物」に当たる。
 そして、「窃取」とは、占有者の意思に反して財物の占有を自己の下に移転させるこというところ、甲の上着の内ポケットにAの事務室の机にあった8万円が入っていたことから、現金8万円の占有は甲に移転していたといえる。したがって「窃取」があったといえる。
(2)甲は上記行為に対する認識・認容があるといえ、窃盗罪の故意が認められ、不法領得の意思も問題なく認められる。
(3)以上より、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。
3、甲がAの腹を蹴飛ばし、逃げ出した行為につき、甲に事後強盗罪(238条)が成立するか。
(1)前述のように、甲に窃盗罪が成立しているため、甲は「窃盗」に当たる。
(2)そして、甲は「逮捕を免れ」るために、Aの腹を蹴飛ばすという反抗を抑圧するに足りる「暴行」を行っている。
 また、処罰範囲の限定の観点から、上記暴行は窃盗の機会に行われている必要がある。甲のAに対する暴行は、甲が窃盗を行った店から150mほど離れた場所で行われているが、これは窃盗の機会に行われたといえるか。
ア、窃盗の機会といえるかどうかは、窃盗行為と暴行との時間的・場所的接着性などから、支配領域から離脱し安全圏に入ったといえるか否かにより判断すべきであると考える。
イ、これを本件についてみると、Aに対する暴行が行われたのは店からわずか150mの地点であり、時間もそれほど経っていないものと考えられる。そして、Aは甲の腕をつかんで交番まで連行していたのであるから、甲はAの支配領域から離脱して安全圏に入っているとはいえない。
ウ、したがって、甲による暴行は窃盗の機会に行われたといえる。
(3)甲は上記行為に対する認識・認容があるといえ、事後強盗罪の故意が認められる。
(4)以上より、甲の上記行為に事後強盗罪が成立する。
4、甲が逃走中にBにぶつかり、Bに全治一週間の打撲傷を負わせた甲について、甲に強盗致傷罪(240条前段)が成立するか。
(1)前述のように、甲に事後強盗罪が成立するため、甲は「強盗」に当たる。
(2)そして、甲はBにぶつかり、全治一週間の打撲という「傷害」を負わせている。
(3)また、処罰範囲限定の観点から、傷害結果は強盗の機会に発生している必要がある。
ア、強盗の機会に当たるかどうかは、前述した窃盗の機会と同様の基準で判断する。
イ、これを本件についてみると、甲はAから追いかけられている際にBにぶつかっているのであるから、甲はAの支配領域から離脱して安全圏に入っているとはいえない。
ウ、したがって、Bの傷害結果は強盗の機会に発生しているといえる。
(4)強盗致傷罪は結果的加重犯であると解するところ、結果的加重犯は基本犯に加重結果が生じる危険性が内包されているため、加重結果に対する過失がなくとも、基本犯の故意があればその成立が肯定できると考える。本件において、甲には前述のように事後強盗罪の故意が認められるため、強盗致傷罪の成立が肯定できる。
(5)以上より、甲の上記行為にBに対する強盗致傷罪が成立する。
5、甲の各行為に、①住居侵入罪、②窃盗罪、③事後強盗罪、④強盗致傷罪が成立し、②と③は④に吸収され、それと①とは手段と目的の関係に立つため、牽連犯(54条1項前段)となり、甲はかかる罪責を負う。

 

C君 56点

第1問 
第1 甲の罪責
1 Aの左側胸部をナイフで突き刺し殺害した行為について
かかる行為に殺人罪(刑法(以下法令名省略)199条)が成立するか。
(1)Aの左側胸部をナイフで突き刺す行為は、人の死という結果を発生させる現実的危険性を有する行為であり、殺人罪の構成要件に該当する。
(2)甲はAに対する殺意を抱いており、故意(38条1項)が認められる。
(3)Aは甲による突き刺し行為で死亡しており、上記行為との間で因果関係が認められる。
(4)以上より、甲の上記行為は殺人罪の構成要件に該当する。
(5)もっとも、Aは甲にたいしてハンマーで殴りかかろうとしており、甲はそれを防ぎごうとしている。そこで、甲の行為に正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるのではないか。
ア Aは甲に対して、ハンマーで殴りかかっている。もっとも、甲は襲撃をうける可能性を認識し、Aとのかたをつけようと殺意を抱いたうえで、Aのもとへ出向いている。よって、「急迫不正の侵害」があったとは言えないのではないか。
急迫不正の侵害があったといえるかは、積極的加害意思の有無のみならずその他の事情を総合的に考慮して判断する。
本件についてみるに、甲はAに対して、明確な殺意を抱いており、積極的加害意思が認められる。もっとも、その他の事情を考慮するとなお「急迫不正の侵害」があったといえる。
イ もっとも、甲は殺意をもって、Aをナイフで突き刺しているから、防衛の意思が認められないのではないか。防衛の意思の要否およびその内容が問題となる。
まず、違法性阻却の根拠は、行為の社会的相当性にある。そして、行為者の主観は行為の社会的相当性の判断に用いられる。また、「ため」という文言も、防衛の意思を要求する趣旨だと考えられる。よって、防衛の意思が必要である。そして、その内容として急迫不正の侵害の認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態を指すと解する。
本件についてみると、甲は明確な殺意を抱いており、防衛の意思は認められない。
ウ 以上より、甲には、正当防衛が成立しない。
(6)以上より甲の上記行為には殺人罪が成立する。
2 乙の頭付近を回し蹴りした行為について
  かかる甲の行為に傷害罪(204条)が成立するか
(1)かかる行為は、人の生理的機能を傷害させる現実的危険性を有する行為であり傷害罪の実行行為にあたる。
(2)そしてその結果、乙は意識を失っており、生理的機能障害が発生したといえる。
(3)乙はかかる回し蹴り行為について認識認容しているため故意が認められる。
以上より、甲のかかる行為に傷害罪が成立する。
第2 乙の罪責
乙が甲とともにAからの攻撃を防衛するための共謀をし、実際に甲がAを殺害した行為について
1かかる行為に殺人罪の共謀共同正犯(60条・199条)が成立するか。
(1)共謀共同正犯が認められるためには、①共謀②共謀に基づく全部または一部の者による実行行為③正犯意思が必要である。
(2)本件についてみると、確かに乙は正当防衛の範囲で甲を攻撃することを同意している。しかしながら、甲は正当防衛とはほぼ関係なく、もっぱらAを殺害するために包丁で突き刺し、殺害している。よって共謀の範囲内とはいえない。また、包丁をみた乙は俺は引かせてもらうわと言い、これにたいして、甲は了承していない。しかしながら、その直後蹴られた乙は気絶しており、犯行をすることは不可能なので、A殺害の犯行からはすでに離脱したといえる。
 以上より、乙に殺人罪の共同正犯は成立しない。
2もっとも、乙が反撃に了承したことで、気持ちが大きくなった甲が殺意を抱くに至っており、乙の了承は精神的な幇助に当たるといえる。
よって、上記行為について、乙は殺人幇助罪(62条1項・199条)の罪責を負う。
第3 罪責
以上より、甲は殺人罪、傷害罪の罪責を負い、両罪は併合罪(45条前段)となる。
乙は殺人幇助罪の罪責を負う。
                                 以上

第2問
1甲が氷屋の事務室に侵入した行為について
かかる行為に建造物侵入罪(刑法(以下、法令名省略)130条前段)が成立するか。
甲は、事務室内に侵入している。この点について、取引先の飲食店の者が事務室を覗くことが過去にあったのであるから、管理権者には建造物に入ることへの黙示の承諾があったとも思えるが、窃盗目的ならAは事務室内に入ることを拒んだはずであるから、なお管理権者たるAの意思に反する立ち入りと言える。
よって、上記行為に建造物侵入罪が成立する。
2甲が事務所から現金8万円を取った行為について
 かかる行為に窃盗罪(235条)が成立するか。
甲が8万円が入った事務机の引き出しを開けた行為は、財物奪取という結果発生の現実的危険性を有する行為といえるから、窃盗罪の実行行為といえる。
そして、かかる行為の時点から、近接した時点において、甲の上着からAの氷屋の事務机から持ち出された現金8万円が発見されている。よって、甲はAの氷屋から現金を奪取したといえる。(近接所持の法理)
以上より、甲には窃盗罪が成立する。
3甲がAの腹を突然蹴飛ばした行為について
かかる行為に事後強盗罪(238条)が成立するか。
前述のとおり、甲には窃盗罪が成立するため、「窃盗」に該当する。
そして、甲は逮捕を免れるため、Aの腹を蹴飛ばしている。かかる行為は、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行といえる。もっとも、同罪は財産犯であるところ、窃盗の機会に行われたことを要するが、本件では、窃盗行為から暴行まで時間がたっている。そこで、窃盗の機会に行われたものと言えるかが問題となる。窃盗の機会に行われたといえるかは、支配領域から離脱し、安全圏にはいったか否かによって決する。そして、その判断は、窃盗行為と暴行との時間的場所的近接性及び被害者による追跡の有無による。
本件についてみるに、窃盗現場である店から、本件暴行があった地点は150メートルと近接しており、甲の隣にはAがいることから、被害者による追跡に準じる場合であるといえる。よって、本件で甲は支配領域から離脱したとはいえず、甲の暴行は窃盗の機会に行われたものといえる。よって、上記行為には事後強盗罪が成立する。
 では、上記行為に強盗傷人罪(240条)が成立するか。
甲は、Aを蹴飛ばすことについて故意があるため、かかる場合にも240条を適用してよいのか問題となる。この点、240条の規定は強盗が、強盗の機会に人を死傷させることが多いため、定められた規定である。そして、強盗に、人を死傷させる故意がある場合は犯罪の典型的事例であるのに、かかる場合を除外することは妥当でない。そこで、240条の規定は強盗が人を死傷させる故意がある場合も含む規定であるといえる。また、240条が「よって」という文言を使用していないこともかかる趣旨であると解する。
以上より、240条の規定は、強盗が人を死傷させる故意を有する場合にも適用される。
 そして、甲は上記暴行によって、Aが痛さのあまりうずくまらせるという生理的機能障害を加えており、人を「負傷」させたといえる。よって、強盗傷人罪の構成要件に該当する。
もっとも、甲はAによる逮捕行為から逃れようとして、上記行為をしている。そこで、正当防衛(35条)が成立し、違法性が阻却されないか。
この点、違法性阻却の根拠は行為の社会的相当性にあるといえる。そうだとすれば、窃盗を行って、逮捕された甲が逮捕を逃れようとする行為は、社会的相当性を有するとはいえない。よって、違法性阻却はされない。
以上より、甲の上記行為には強盗傷人罪が成立する。
4甲が歩行者Bと正面衝突した行為について
かかる行為に強盗致傷罪(240条)が成立するか。
前述のとおり、甲には事後強盗罪が成立するから、甲は「強盗」といえる。
そして、歩行者Bにたいして、全治1週間の打撲傷という生理的機能障害を負わせている。もっとも、甲はBを傷害することにつき認識、認容しておらず、強盗傷人罪の故意が認められない。よって、甲の上記行為には強盗致傷罪が成立する。
5甲がAの顔面を殴打した行為について
 かかる行為に強盗傷人罪(240条)が成立するか。
前述のとおり、甲には事後強盗罪が成立するから、甲は「強盗」といえる。
そして、甲はAの顔面を手拳で殴打するという生理的機能を傷害する行為をしている。
Aは顔面を殴打されているのだから、なんらかの生理的機能障害を負ったといえる。
以上より、甲には強盗傷人罪が成立する。

6罪責
 甲の各行為には、①建造物侵入罪、②窃盗罪、③強盗傷人罪、④強盗致傷罪、⑤強盗傷人未遂罪が成立し、⑤は③に吸収され、その他は併合罪(45条前段)となる。
 
                                   以上