H30年度予備試験論文式 刑法 再現答案

刑法 評価:A 所要時間:75分

 

1、甲がVから預かった金を預金していた定期預金を解約し、A銀行から500万円の払戻しを受けた行為について、詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)まず、「欺」く行為とは、交付の判断の基礎となる重要な事実を偽る行為をいうと解する。
 これを本件についてみると、甲はA銀行B支店の窓口係員であるCに対して、定期預金証書はVが保管しているにもかかわらず、証書を紛失してしまった旨を申し向け、定期預金を解約している。
 もしCが、甲が本件定期預金の債権証書を紛失しておらず、甲が嘘をついているということを知っていれば、Cは定期預金を解約することをせず、甲に500万円を払い戻すことはなかったといえる。
 そのため、甲の上記行為は、A銀行の従業員であるCが甲に500万円を交付する判断の基礎となる重要な事実を偽る行為といえ、「欺」く行為に当たる。
(2)そして甲の上記行為によりCは甲が本当に債権証書を紛失したとの錯誤に陥り、それにより本件定期預金を解約して甲に500万円を払い戻すという処分行為を行い、甲は500万円を受け取るという財産的利益の移転がある。
(3)また、甲には上記行為についての認識・認容があり、同罪の故意(36条1項)が認められる。
(4)よって、甲の上記行為に詐欺罪(Ⓐ)が成立する。
2、甲がA銀行から払い戻しを受けた500万円を自らの借金の返済として乙に交付した行為につき、甲に横領罪(252条1項)が成立するか。
(1)まず、甲がA銀行から払い戻しを受けた500万円は「自己の占有する他人の物」に当たるか。
ア、同罪の保護法益は委託信任関係の保護にあることから、「占有」は委託信任関係に基づくものであり、また、濫用のおそれがある程度の支配力が及んでいる必要がある。
 これを本件についてみると、甲が自己名義の定期預金口座に預け入れていた500万円は、Vが甲の立ち上げる投資会社に投資するための資金であり、500万円はその会社による投資のみに充てることが甲とVとの間で合意されていた。
 そのため、甲の500万円の占有は、Vとの委託信任関係に基づくものであるといえる。
 また、口座の預金は、定期預金であっても、一定の手続きを経て払い戻しを受けることが可能であるため、濫用のおそれがある程度の支配力が及んでいるといえる。
 よって、500万円は、「自己の占有」する物といえる。
イ、本件において甲は定期預金口座を解約して500万円の払戻しを受け、500万円を占有するに至っている。民法上、金銭については所有と占有が一致するため、500万円が「他人の物」といえるかが問題となる。
 この点について、財産法秩序維持という刑法の目的達成のため、民法と所有概念について同一に解する必要は必ずしもないと考える。
 本件において甲が払い戻しを受けた500万円は、甲がVから上述の目的で交付を受けた物であり、甲が占有をしたとしてもなおV所有というべきである。
ウ、よって、甲がA銀行から払い戻しを受けた500万円は「自己の占有する他人の物」に当たる。
(2)次に、甲が500万円を「横領」したといえるか。
ア、「横領」とは、不法領得の意思の発現たる一切の行為をいい、具体的には、委託の趣旨に背き、真の所有者にしかできない処分をすること言う。
イ、これを本件についてみると、甲は500万円を自己の借金の弁済として乙に渡している。甲がVから預かった500万円は甲の設立する投資会社への投資としてのものであったのであるから、甲の上記行為はVとの委託信任関係の趣旨に背き、真の所有者にしかできない行為といえる。
ウ、よって甲の上記行為は「横領」に当たる。
(3)甲には上記行為についての認識・認容があるため同罪の故意があり、また、不法領得の意思も認められる。
(4)以上より、甲の上記行為に横領罪(Ⓑ)が成立する。
3、甲と乙がVを脅し、Vに500万円の返還を諦める旨の念書を書かせた行為について、甲と乙に強盗利得罪の共同正犯が成立するか(60条、236条2項)が成立するか。
(1)この点、①共謀、②共謀に基づく実行行為、③正犯意思があれば相互利用補充関係が認められ、共同正犯の処罰根拠である一部実行全部責任の原則が妥当するため、共同正犯が成立すると解する。
ア、これを本件についてみると、乙はVに対して、V方に押しかけてVを刃物で脅して甲とVとの間には一切の債権債務関係がない旨の念書を書かせることについて提案し、甲は絶対に手を出さないという留保付きでこれを了承している。そのため、甲と乙との間に意思の連絡があるといえ、共謀が認められる(①)。
イ、次に、甲と乙はVに対して念書を書くように言ったが、Vは念書の作成を拒絶している。
 その後、乙は一人でVの喉元にナイフを突きつけ念書を書くことと迷惑料として10万円を支払うことをVに要求している。かかる行為は上記共謀に「基づく実行行為」といえるか。いわゆる共謀の射程が問題となる。
(ア)この点、共謀の危険性が行為へと現実化したといえる場合に共謀の射程が及んでいるといえ、共謀に「基づく」実行行為といえると考える。
(イ)これを本件についてみると、確かに甲と乙との共謀においては、Vに対して絶対に手を出さないということが内容となっている。本件では確かに乙はVに対してナイフを突きつけるという行為に及んでいるが、実際にナイフでVを傷つけたりなどすることはしておらず、なお手を出してはいないといえる。また、共謀の内容にはなかった迷惑料をVに対して要求していることも、Vに念書を書かせるための一つのやり方といえる。
 そのため、乙の上記行為は甲と乙との共謀の危険性が行為へと現実化したといえ、共謀の射程が及び、共謀に基づく「実行行為」といえる。
 そして、乙の上記行為は殺傷能力のあるナイフを、大動脈が通っている喉元に突きつけるという危険性の高いものであり、Vは本当に刺殺されてしまうのではないかと恐怖を感じているため、Vの犯行を抑圧するに足りる程度にVを畏怖させるものといえ、「脅迫」に当たる。
次に、甲らが「財産上不法の利益」を得たといえるかが問題となる。
そもそも、強盗利得罪は被害者の意思を抑圧して財産上の利益を得る犯罪であり、被害者による任意の処分行為は予定されていないため、被害者の処分行為は不要であると解する。 
もっとも、処罰範囲限定のため、「財産上不法な利益」を得たといえるためには、確実かつ具体的に利益が移転していることが必要である解する。
本件では、上記「脅迫」によりVは「甲とVとの間には一切の債権債務関係はない」という内容の念書を作成して甲に交付している。しかし、絶対強制下で作成されたかかる念書は無効であるといえ、民法上効力を有しないといえる。また、Vは甲の連絡先等を知っているため、後に500万円を取り立てることも可能である。
そうすると、甲・乙は確実かつ具体的に債務免脱の利益を得たとはいえない。
よって、甲・乙は「財産上不法な利益」を得たとはいえない。
したがって、未遂にとどまる(②)。
(ウ)また、甲は上述のように自ら実行行為を行ってはいないが、自らの債務を免脱する目的で上記犯行を乙とともに行っているといえるため、自己の犯罪といえ、正犯意思が認められる(③)。
(2)また、甲・乙には上記行為についての認識・認容があるため、同罪の故意が認められる。
(3)以上より、上記行為について、甲と乙に強盗利得未遂罪の共同正犯(60条、243条、236条2項)(ⓒ)が成立する。
4、乙がV方に戻り、Vの財布から10万円を抜き取った行為につき、甲と乙に強盗罪の共同正犯(60条、236条1項)が成立するか。
(1)共同正犯の成立要件について、前述と同様に判断する。
ア、まず、前述のように甲と乙との間で前述の内容の共謀はある(①)。
イ、次に、乙の行為が共謀に「基づく」実行行為といえるか問題となるも、強盗犯がついでに目的の他の金品を持っていくことはあり得るといえるため、共謀の危険性が行為へと現実化したといえ、共謀に「基づく」実行行為といえる。
 Vの財布に入っていた10万円は「他人の財物」に当たる。
 では、甲が10万円を抜き取った行為は「強取」といえるか。
強盗罪は犯行を抑圧して財物を奪取する犯罪であるため、「脅迫」は財物奪取に向けられている必要がある。本件において乙はVに対して別段の脅迫行為を行っていないとも思えるが、Vにとっては一度自らの喉元にナイフを突きつけて自分を殺そうとした者が戻ってきただけで強い恐怖を感じたといえ、乙の存在のみで犯行抑圧程度に畏怖したといえる。そしてそれは財物奪取に向けられているため、乙に挙動による「脅迫」があったといえる。
そして、乙は10万円をVの意思に反して自己の占有下に移転させているため、「強取」があったといえる(②)。
ウ、また、正犯意思も認められる(③)。
(2)乙には上記行為についての認識・認容があるため、同罪の故意が認められる。
(3)以上より、後述のように甲には強盗罪の共同正犯が成立しないため、乙に強盗罪の単独犯(Ⓓ)が成立する。
5、乙の上記行為につき、甲に強盗罪の共同正犯が成立するか。
(1)甲と乙の間には、上述の様に共謀がある。
(2)しかし、甲は乙との共犯関係を解消したといえ、罪責を負わないのではないか。いわゆる共犯関係の解消が問題となる。
ア、この点について、共同正犯において一部実行全部責任の原則が認められる根拠は、相互利用補充関係の下、犯罪を実現した点にある。
 そこで、このような相互利用補充関係が解消された場合、共同正犯関係の解消が成立すると解する。
イ、これを本件についてみると、甲は乙から脅迫の元となったナイフを取り上げており、物理的影響力を除去しているといえる。また、甲は乙に対して強い口調で「もうやめよう。手は出さないでくれと言ったはずだ」と言い、乙をV方から連れ出している。そのため、甲は乙に対してこれ以上は犯行をしないという意思を決定的に伝えたといえ、心理的影響力も除去されているといえる。
ウ、そのため、相互利用補充関係が解消されたといえ、共犯関係が解消されているといえる。
(3)よって、共犯関係の解消後に行われた乙の上記行為について、甲は何らの罪責も負わない。
6、罪数について
 甲の各行為につきⒶ、Ⓑ、ⓒが成立し、各行為は社会生活上別個の行為といえるため、併合罪(45条前段)となり、甲はかかる罪責を負う。
 乙の各行為につきⓒ、Ⓓが成立し、別個の法益に対するどちらもVの財産に対する犯罪であるため、包括一罪となり、乙はかかる罪責を負う。           以上

 

【コメント】

・どの行為について詐欺罪・横領罪が成立するのかを悩んだ。

・2項強盗罪につき、証書の効果が民法上無効だとかいうのであれば、それは直接的・具体的な利益移転に向けた「強迫」がないのであり、実行行為性が否定されるべきである。しかし、何となく未遂にしている点は、論理矛盾だといえる。やはり、思い付きを答案にしたら失敗する。

・とても分量が多かったので、小さい字でめいいっぱい書いた。再現答案の文字数が異常なほど多いが、答案構成をみると、この程度の内容のことは実際に書いてきたようである。

 

以上です。